英語と中国語とスペイン語ができればどこに行ってもなんとかなる

英語と中国語とスペイン語ができればどこに行ってもなんとかなる

英語と中国語とスペイン語ができれば世界のどこに行ってもたいていのことはなんとかなる

当時は全く気づかなかったことです。大学受験のために予備校に通っていたときに出会った講師の言葉がどんなに自分のその後の人生を変えているか、ということに気づかされました。私は予備校に通っていたときにある講師が英語と中国語とスペイン語ができれば世界のどこに行ってもたいていのことはなんとかなる、という言葉を何となく覚えていました。

 

あと体の健康状態を常に意識しろとも言われていましたね。体調を崩しては何もできないからと。

 

その影響からか、浪人時代は特に英語の勉強を熱心にし、英語に対する苦手意識を消していきました。その後、大学に入学して一般教養でスペイン語の勉強をしようと強く思っていました。ですが、運悪く私の学部ではスペイン語の選択はできませんでした。どうしてもスペイン語を学びたいという思いが残ったまま中国語を選択し勉強することになりました。

 

大学を卒業してからも予備校講師の語っていた話や数カ国外国に滞在していたときの話などが忘れられず、いつかは海外へ行って生活してみたいということは漠然と考えていました。ですが、具体的にいつ、という計画もなく日々会社と家の往復の日々を過ごしていました。会社で働き3年目には会社に行くことすら辛くなるという日々を過ごし、耐えられなくなった私は会社を退職することを決意しました。

 

本来ならば次の転職先を決めてから辞めるのがいいのでしょうが、当時の私はそこまで行動する気力さえ失っていました。会社を退職した後、就職活動をしましたが、上手くいかず落ち込む日々。そこである人の一言でふっと考え方を変えて海外へ1年滞在しようと思い立ったんです。思い立ってすぐに色々と詳細を調べオーストラリアに行くことにしました。

 

オーストラリアに1年滞在し、戻ってくるつもりがそのまま2年目、そしてニュージーランドに滞在、オーストラリアに再び戻りという生活になりました。オーストラリアでの2年目が終われば本当に日本に戻るつもりでいたのですが、2年目が終わろうとしている時に日本で大地震が起こりました。日本にいる家族からは今戻ってきても就職活動は大変なのでは、という言葉からニュージーランドに滞在することを決めました。

 

全て、私にとっては自然な成り行きでその国その国に滞在していたのです。そしてオーストラリアに戻って、現在の旦那と会い、チリに行くことになりました。チリはなんとスペイン語圏です。かなりのスパルタ式ではありますが、スペイン語を学ぶ環境が出来上がっていました。まだまだスペイン語に関しては勉強しなければならないことがたくさんあります。

 

それでも今、思うことは自分で何となくでもやりたいと思っていることは自然の成り行きに任せていればできるようになるということです。それもこれもあらゆる人との出会いがそういったチャンスをもたらしてくれたんです。

 

ただお金がすごい儲かっているというわけではないので、お金をかけずにできる健康法を色々と探してこのサイトにまとめているというわけですね。

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